高松高等裁判所 昭和41年(う)278号 判決 1968年4月30日
主文
原判決を破棄する。
被告人は無罪。
理由
<前略>
所論第一点は、要するに、原判決が「被告人は松山市大可賀町五八〇番地所在の丸善石油株式会社松山製油所(以下丸善石油という)と公害問題について交渉中の同町通称門樋部落の組長であるが、昭和四〇年三月二一日午前九時頃より同一一時頃までの間法定の除外理由がないのに、
(一) 同会社東門前の県道沿にある同町六三三番地の二愛媛県自動車運転試験場建設用地西側の吉田浜松山火力二九号電柱より、同二八号電柱の間の同用地のコンクリート製外壁および同所附近の清水部落管理にかかる墓地石垣に『丸善よ悪水を流すな、廃液は完全浄化せよ』などと墨書した縦七三糎位、横二五糎位のビラ二二枚を糊付けの上表示し、もつてみだりに他人の工作物にはり札をし、
(二) 前記二九号電柱に針金で取付けた縦九〇糎位、横一米四〇糎位の板の片面全部に門樋住民一同の名義で『皆様に訴えます』と頭書し、前記公害および前記交渉経緯を墨書した文書を貼付し、もつて同電柱に立看板を表示したものである」との公訴事実に対し、その証明は十分であるとしながら、被告人が掲出した立看板、ビラ等は公害問題について丸善石油に対し早期解決を促すための一手段として、坐り込み同様、一時的のものであることは、その目的、方法(耐久性を含む)ならびに掲示物の存続状況に照し明らかであるから、前記公訴事実中(一)のうち「墓地石垣にビラを表示した」所為、および同(二)の所為はともに愛媛県屋外広告物条例六条二項にいう「祭礼等のため、一時的に表示する広告物」に準ずるものとして同項に該当し、同三条の適用を受けないとしたが、これに対し検察官の主張するところは、(1)、右条例六条二項により適用を除外されるのは同三条のうち第一項のみであるところ、前記公訴事実(一)の各所為は同三条二項九号に、同(二)の所為は同三条三項にそれぞれ当該することは明白であるから同六条二項の適用の余地はなく、これを適用した原判決は法令の解釈適用を誤つておりその誤りが判決に影響を及ぼすことが明らかであるというのであり、また、(2)、前記公訴事実(一)のコンクリート製外壁及び墓地石垣に表示されたビラ並びに同(二)の立看板は、前記公害問題は早期解決の見通しのなかつたこと、その貼布状況等の事情から判断しても一時的に表示されたものとは認められないから、これを一時的に表示する広告物に準ずるものとした原判決は、事実を誤認し、前記条例六条二項三号の規定の解釈適用を誤つたものであるというのである。
そこでまず原判決書を検討すると、その理由中に前記公訴事実の証明は充分であるとしながらその理由中三、法律上の判断、(一)愛媛県屋外広告物条例違反についての項において、前記公訴事実(一)のうち「墓地石垣にビラを表示した所為」及び公訴事実(二)の所為は、ともに右条例六条二項にいう「祭礼等のため一時的に表示する広告物」に準ずるものとして同条同項に該当し、右条例三条の適用を受けない旨説示していることは検察官所論のとおりである。ところで、右条例六条二項三号により「冠婚葬祭又は祭礼等のため一時的に表示する広告物又は広告物を掲出する物件」としてその表示或いは設置が許容されているのは、同条例三条一項の地域又は場所における広告物等であるところ、前記公訴事実(二)の電柱に立看板を表示した行為は同条例三条三項に該当するものであつて同条一項に該当するものではないのであるから、たとえ、それが前記の一時的なものであつてもその表示する行為が許容されるものではないから、前記条例六条二項を適用して右立看板表示行為は罪とならないものとしたのは、右各条例の解釈適用を誤つた違法があるし、また、前記条例三条は一項において一一の地域又は場所を掲げ、その領域内で広告物等の表示或いは設置を禁止する旨を規定し、二項において一〇の物件を掲げ、それらの物件に対し広告物等を表示或いは設置する行為を禁止する旨規定しているのであるが、この条例三条の規定の形式は、前者(一項の地域、場所)は屋外広告物法四条一項に、後者(二項の物件)は同法四条二項に対応し、いずれも同法条により都道府県に例示以外の地域、場所および物件の指定が許されているので、同法条の規定に準じ、これを補充したものである。そうして、同法五条六条により、右条例はその四条五条六条が規定され、その六条四項において右三条二項の各物件に表示或いは設置された広告物等につき、それぞれ所定の要件を具備している場合には、その表示、設置を特に許容しているものであるから、同条例三条二項の各物件に広告物等を表示或いは設置する所為はそれが同条一項各号に該当する地域又は場所内に表示或いは設置されている場合においても、同条二項のみに該当するものと解すべきところ、前記公訴事実(一)の内「墓地石垣にビラを表示した」所為は、前記条例三条二項九号の「石垣」に広告物を表示した場合に該当することは明らかであるから、同三条一項の広告物等についての適用除外を定めた同六条二項を適用して右所為を罪とならないものとした原判決は、右条例の解釈適用を誤つた違法がある。
以上のとおり、原判決が被告人のなした本件立看板表示行為及び墓地石垣にビラを表示した行為につきいずれも前記条例六条二項を適用して罪とならないものとしたのは右条例の解釈適用を誤つたものであつて、これが判決に影響を及ぼすものであることは明らかであるから、検察官の本論旨は理由がある。
また、職権で調査するに、原判決は、本件公訴事実となつていた被告人が愛媛県自動車運転試験場建設用地のコンクリート製外壁及び墓地石垣にビラを表示した各所為を前記のようにいずれも認定しながら、前記のように後者が前記条例六条二項に該当するものとして罪とならない旨説示したのみであつて、後者の墓地石垣のビラ貼りと前者のコンクリート製外壁へのビラ貼りとは、その管理者を異にする点から、併合罪として起訴され、原判決も同趣旨として認定したものと認められるのにかかわらず前者のコンクリート製外壁にビラを表示した右条例違反事実について何ら説示しないまま、被告人を右所為についても、無罪としているのであつて、結局右の点について判決に理由を附さなかつた違法があり、この点においても破棄を免れない。
よつて爾余の控訴論旨に対する判断を省略し、刑訴法三九七条、三七八条四号前段、三八〇条により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書により当裁判所において直ちに判決する。
<証拠>を総合すると
被告人は、昭和四〇年三月二一日午前九時頃から同一一時頃までの間、各管理責任者の承諾を得ないで、
(一)(イ)、松山市大可賀町六三三番地の二愛媛自動車運転試験場(当時は建設用地)西側のコンクリート製外壁に、「丸善よ悪水を流すな、廃液は完全浄化せよ」などと墨書した縦約七三糎、横約二五糎のビラ約一九枚を糊で貼付し、
(ロ)、前同所附近の請水部落管理にかかる墓地石垣に前同様のビラ三枚を糊で貼付し
(二) 前記運転試験場西側の吉田浜松山火力二九号電柱に針金で取り付けてあつた縦約九〇糎、横約1.4米の板に被告人の所属する通称門樋部落住民一同の名義で「皆様に訴えます」と頭書し、右部落と丸善石油株式会社松山製油所との間の公害問題についての交渉経緯等を墨書した文書を貼付した事実がそれぞれ認定できる。
右(一)(イ)(ロ)の各所為は、一応愛媛県屋外広告物条例三条二項九号所定のよう壁及び石垣に公告物を表示した場合に該当し、同条例六条四項各号の除外事由のいずれにも該当しないこと、及び右各所為は軽犯罪法一条三三号前段の他人の工作物にはり札をした場合に該当し、また、(二)の所為は、被告人自身が前記電柱に板を取り付けたことは認められないが、既に取り付けてあつた板を利用し、これにビラを貼付する行為は、前記条例三条三項所定の電柱に立看板を表示した場合及び軽犯罪法一条三三号前段に一応該当すると解すべきである。
しかしながら、<証拠>によれば次の各事実が認定できる。
一まず、前記(一)、(二)の本件ビラ貼り行為及び立看板表示行為(以下本件ビラ貼り行為等という)を被告人がなすに至つた経過、動機、目的について検討すると、
被告人は、国家公務員であるが、昭和四〇年一月から一年の任期でその居住する前記門樋部落の組長となつていたが、同部落は松山港の南岸壁に接続する工場地帯の一角、西海岸に在り、遊水路を兼ねた小川の川口北岸沿いに東西に長く約一八戸の住宅が帯状に建ち並び、その約半数が漁業を営む小部落であるが、その北側と東側は前記丸善石油に面し、その大小一〇数基の石油タンク及び建造物に囲まれている位置にある。ところで昭和三三年頃から丸善石油から放出される排水で前記遊水路の水位が上つたことなどが原因で右部落の住家が浸水したことがあり、またその頃には丸善石油から火災の発生を避けるため部落民に一切火気の使用を禁止する様にとの要請が三回程あつたこと、昭和三九年頃には右部落附近の舟溜りに入つた子供の身体に湿疹ができたこと、以前は部落民が捕獲して来た魚類は一旦港或いは遊水路の生簀で養い、魚価の安定を計つていたが、右の場所におくと魚類が死亡するため右生簀の使用が不可能になつたこと、右部落附近の港内でとれた魚類は、臭気があつて食用に供し得なくなつたことなど、部落民の日常生活或いはその漁業に影響を与えたのが丸善石油から放出される排水、廃液であるとして、丸善石油とその対策等について交渉を続けていた。ところで、前記石油タンクのうち、原油五万トンを貯蔵する巨大なタンク二基が右部落の住家より僅か約三〇米の近距離に建設されていたところ、たまたま昭和三九年六月北信越地方を襲つた新潟地震の際の石油タンクによる被害を知つた右住民は前記五万トンタンクが身近に存在することに非常に不安感を持つようになり、その設置基準等について調査した結果、住宅との間隔が法令で要求されている距離よりも短いのではないかとの疑惑を持つに至り、同年七月初旬頃には丸善石油に対し火災が生じた場合の被害補償及び排水処理の問題等について門樋部落代表者名義で質問並びに要望書と題する書面を提出し、同月末頃回答を得たがそれに誠意がみられないとして部落民達は強い不満を抱いていた。その後昭和四〇年一月二二日午前一〇時頃から、右部落民約二〇名が丸善石油に赴きその最高責任者との面会を求め、坐り込みなどしていたが結局面会できず、その質問、要望を伝えることも出来ず、部落民の一部には面会できるまで右会社の正門附近に坐り込みを続ける話も出ていたが、当日警備に当つていた末光警察官が、住民達に対し、「老人や子供達もいることだしこの寒いのに坐り込みをするよりか会社の前に旗を立てたり看板でも出した方がより効果的ではないか」と述べ、大島警察官も、当日夕方から右交渉に参加していた被告人に対し旗を立てたり筵旗を立てたりテントを張つたりした方が効果的ではないかと述べたりしたところから、当日は全員が右正門附近をそのまま引き上げて帰宅し翌一月二三日頃からは丸善石油に対する公害問題についての交渉方法を改め、部落民が前記(二)の文書と同内容の門樋部落の窮状を訴えた文書を貼つた立看板を本件電柱に結びつけたり、公害の排除を求める旨表示した立札等を数本の大漁旗とともに右会社の門前に立てたりしていたが、その後右立札等が丸善石油の柵に直接結びつけられていたものがあつて、右会社の管理者が取りはずしたことがあつたが、特に警察官からその取り除きを命じられたこともなく、本件行為当時には丸善石油東門前附近の電柱には立看板一枚が針金で結びつけられたまま存置されていたのであつて、被告人自身も右活動に参加したこともあり右立札、立看板等が表示されていることを知了していた。ところで、昭和四〇年三月二〇日、右部落民である中矢いさ子からその安全性を確かめるため丸善石油のタンクと部落との間の道路上で焚火をしてもよいかとの電話連絡を受けて部落代表をしていた関係から被告人方に来ていた前記末光、大島両警察官は、被告人らに対し右焚火を中止する様説得していた際、被告人らからビラを貼つてもよいかとの質問を受けたのに対し、特に否定もせず、指導助言はできないが自分の判断でやればよい旨述べ、右行為が愛媛県広告物条例或いは軽犯罪法違反になる場合があり得ることについては何ら言及しなかつたことが認められる。以上の様な経過から被告人は丸善石油に対する公害問題についての交渉を有利に展開する一方法として本件ビラ貼り行為を行なうに至つたものである。
二次に、被告人が本件ビラ貼り行為等の実行に着手する以前の行動についてみると、被告人自身右認定のように警察官に対し本件行為が禁止行為でないかを確かめているうえ、前記(一)(イ)の愛媛自動車運転試験場のコンクリート壁にビラを貼付するについては事前にその管理者の承諾を得ようと考え、右試験場は建設工事中であつたので、その工事責任者の事務所に貼付行為前に赴いたが不在であり、続いて工事現場で作業員に右責任者の所在を聞いたが判からなかつたところから同人の承諾を得られなかつたため、事後に承諾をうるつもりで前記行為に及んだことが認められる。
三次に本件ビラ貼り行為等がなされた場所附近の状況をみると、本件現場附近の県道郡中、三津港線は、松山市の中心街から離れた同市大可賀町の松山港西海岸に近いところを走り、幅員が約8.55米の舗装された道路で、街路バスの通行道路となつており、交通量のかなり多い場所であるが、その西側沿い丸善石油松山製油所の東門と、これに続くコンクリート外壁があり、その東側沿いには、幅二四糎深さ七五糎の排水路溝を隔てて地上約八〇糎のコンクリート壁が続き、その上部に1.87米の金網が張られているのであるが、前記(二)の所為の立看板が取りつけられてあつた吉田浜松山火力二九号電柱は丸善石油東門南端から東南に約25.1米の前記運転試験外壁沿いにあり前記(一)(イ)の各ビラは、右試験場外壁の右電柱より南の約二〇米の間に貼付されていた。また、右試験場外壁に沿つてさらに南に進み、東方に入る道路を隔てた前記県道東側沿いに前記(一)(ロ)のビラが貼付された清水部落管理の墓地石垣があるが右石垣は県道東側沿の雑草の生い繁つた排水溝を隔てて、墓地丘陵の側壁となつている部分であり、その県道を隔てた西側沿いには前記丸善石油のコンクリート外壁が続いている場所である。
四最後に本件ビラ等の形状、内容、貼付方法について検討すると、前記(一)の各ビラは「危険な五万トン原油タンクをすぐ除けよ」「丸善よ悪水を流すな廃液は完全浄化せよ」など、その内容は丸善石油に対する右タンクの設置及びその排水廃液の処理に対する不満を端的に表明したものであり、前記(二)の立看板に貼付された文書には門樋住民一同の名義で、前記の石油タンクの危険性排水、廃液処理上の問題を文章にして一般人に訴える趣旨の記載がなされているものであつていずれも白い紙に書かれたもので、前記(一)の各ビラは予め被告人以外の部落民がそれぞれ内容を考えて墨書し、本件行為前から被告人宅に保管されていたものであり、前記(二)の立看板の文書は被告人がその職場の同僚に依頼して予めマジックインクで書いてもらつていたもので部落民から被告人が右各ビラの貼付を依頼されていなかつたが組長となつていたところから本件当日が休日であつたのを利用して、貼付したのであり、右の立看板は、部落民の中矢清国方にあつた板を利用して作られたもので本件当時には既に前記のとおり電柱にその上部が針金で結びつけられてあつたが、被告人はメリケン粉で作つた糊で前記の文書を貼付し前記(一)の各ビラも右の糊で前記のコンクリート外壁或いは石垣に貼布したが、右ビラについては、後に除去を要求される場合のことも考慮して糊を控え目に塗つたものであることが認められる。
以上認定のように被告人がなした前記(一)の愛媛県自動車運転試験場のコンクリート製外壁及び墓地石垣へのビラ貼付行為は、いずれも、愛媛県屋外広告物条例三条二項九号の「石垣及びよう壁の類」に広告物を表示した場合に、前記(二)の所為は、同条例三条三項の「電柱」に「立看板を表示し」た場合に、それぞれ形式的にみれば該当するようにみえるけれども右各行為は、前記認定のように被告人がその所属する門樋部落と、丸善石油との公害問題についての交渉過程においてその一助としてなしたものであつて、その目的は正当と認められるし、本件ビラ及び立看板の形状、その表示された場所、環境、表示対象物件の性格から判断すると、これらにより周囲の美観風致の害された程度は微々たるものといわなければならないし、本件ビラについてはそれが「公衆に対する危害」を及ぼす可能性があるものとは解し得ないし、本件立看板については、交通機関に対する危険性など、右可能性がないとはいえないとしても被告人自身がなしたのは、前記の様に既に電柱に針金でとり付けてあつた立看板に文書を貼付したに過ぎないし、本件におけるビラはいずれも前記のように糊でコンクリート製外壁或いは石垣に貼付されていたのであつて、容易に除去しうることは明らかであり、右立看板は上部が針金で結びつけてあつたもので、容易に取りはずしうるものであるうえ、被告人らのように小集団で特に組織力をもたない者らが大企業を相手に公害問題で交渉する場合、相手が誠意をもつてこれに応じないために採るべき方法として、他に相当なるものが見当らず、国家機関である警察官の示唆から本件各行為に及んだ前記の経過及び前記条例は、その一五条において条例に違反する広告物を表示した者に対する知事の除却命令権を認めているのであるが、本件においては右命令権は行使せず、また被告人は右命令に従わなかつた事情もなく、むしろ本件貼付行為後部落民の中矢清国からは警察官に対しその除去を申し出ている(これに対し警察官は証拠を保全するため除去しない様に命じている。)こと等の諸点を考慮し、なお、門樋部落居住者がこれまでに蒙つた公害の実状と、何時悲惨な事態に遭遇するかもしれないという不安が右住民の日常生活に重大な影響をおよぼし、その不安より免かれ平穏安全な生活を望むため、丸善石油松山製油所へ交渉したがその交渉が住民側にとつて誠意の認められなかつた経過と、公害の状況とを、右製油化学工場の設置、拡大についての受益者団体と認められる松山市及び愛媛県の各当局者あるいは、住民に対し、その実状を訴え、解決策につき同情と支援を得たかつた右部落住民の心情については、そのことが右住民の日常生活に直接関係のある重要な事柄であるだけに決して軽視すべきことの許されないものといわざるを得ない。当裁判所は特にこの点を重視し結局右各事情のもとに行われた被告人の本件ビラ貼付行為及び立看板を表示した行為は、わが国の憲法を頂点とする全法律秩序との調和、均衡を考慮し、他面においては、刑罰法規による社会秩序の保障機能に弛緩を来すことのないように十分留意しつつ、右条例の趣旨を解釈するときは、右条例が要求している程度に即ち、美観風致を維持し、及び公衆に対する危害を防止するために規定された同条例三条の禁止規定に違背する広告物の表示行為ないしは立看板の表示行為に該当するには足りないものと解するのが相当である。
また、前記(一)および(二)の各行為はいずれも、軽犯罪法一条三三号前段の他人の工作物にはり札をした場合に該当するが、同号違反の罪が成立するためには、それが「みだりに」なされたものであることを要する。ところで右「みだりに」との規定の趣旨ははり札をする行為が社会通念上是認されるべき理由を欠く場合にのみ同条同号の犯罪を構成することを明示したものであつて、同条同号がその対象物件の所有者或いは占有者の財産権、管理権などいわゆる個人法益をその主たる保護目的としているものと解されるから、その工作物の所有者或いは占有者の承諾を得ないではり札がされた場合には、一般的には「みだりに」なされたものと解しうる。しかし、軽犯罪法における構成要件の解釈については、同法の性質上卑近な道徳律違反の行為を加罰化したものであるから、軽微な違法についてもこれを看過すべきものでない点を十分考慮するとしても、その行為の目的、態様、保護法益(個人法益のほか、地域の美観等公共的法益も含めて)侵害の程度等諸般の事情を考慮し特段の事情のある場合は前記承諾を得ていないのにかかわらず、社会通念上正当とせられ同法一条三三号前段の規定に該当しない場合もありうると解すべきところ、被告人が本件ビラを貼付するに至つた経過、目的、貼付方法、その場所等を考慮すると、本件においては、被告人が貼付についてその工作物の管理人に対し承諾を得ていないけれども、被告人の本件所為につき、前記認定の諸事情は、正に社会通念上、これを正当視せられるべき特段の事情にあたり、同法一条三三号前段の犯罪を構成しないものと解すべきである。
よつて本件公訴事実はいずれも罪とならないものであるから刑訴法三三六条前段により、被告人に対し無罪の言渡しをする。(呉屋愛永 谷本益繁 大石貢二)